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アルツハイマー病にかかってしまった老医師がいた。 彼は大学病院でずっと勤め上げてきた、人望の厚い人物であった。 ある日彼は自分の変化に気づき、自ら検査を受け、そして確認してしまった。「アルツハイマー病」であることを。 だが彼の人生における「医師」という存在は計りしれず、そして捨てきる決断もできない。 進行性であるが故に、いきなりだめになるわけではないのだから。
そして時間が流れ、少しづつ周囲にその変化を認識され、ある日審判を言い渡される。「あなたはもうここで働くことはできません。」 ショックのあまり飛び出すその背中には、重い絶望感がのしかかっている。
しばらくして戻ってきた彼は言う。 「もう終わりだ。私の人生の中で一番大きなもの、そして大事に育てて来たもの。それがみんな手のひらからこぼれ落ちいてゆく。」 同僚の女医師が彼を真剣に気遣う。 「先生はとても大きな存在です。学生が、レジデントが先生のキャリアに基づかれたお話を待ち望んでいます。」
「...話はしてもいいが、診療はノーサンキュウかい..。」
悲しげなその響きに彼女は返す言葉に詰まる..。
「自殺しようと考えていたんだ。ずっと..。でもなかなかタイミングが難しいんだ、これが。早すぎると大事な残り少ない時間を無駄にしてしまうし、遅すぎるともう自殺しようなんて思わなくなっちゃうからね。」 そう言って彼は初めて少し微笑んだ。 彼女も頬を伝う涙が弧を描くように微笑む。
「今朝痴呆症の患者を診たんだ。彼女は自分が誰であるかも、どこにいるかもわからない。私もあのようになって、施設に入れられ、そして誰も合いにこないんだ..。」 「いいえ、私が行きます!」力強く彼女は声をかける。 「...でもそのとき、僕は君のことをきっとわからないよ。 きっと..。」
人間は肉体の「死」をもって生命を脱すとしていた時代から、まさに「脳死」の時代に変わっています。 日本では何となく認知され始めたばかりで、今ひとつ気持的に腑に落ちなかったものが、この話を聞いていて感じるものがありました。
結局人間は「意識」の中で生きているのであると言うことを。
「意識」がその一個人を作っている唯一のオリジナリティであり、存在なのです。 だからそれがなくなったときには、いくら肉体が生きていてもそこにその「一個人」は存在しない。そういうことなのかもしれません。 |